小学生の頃、友人と口論になったことを思い出した。
その友人は同じ町内で生まれ、同じような家庭環境で育って親同士も仲良しで家族ぐるみの付き合いがあり、幼稚園から中学まで同じ学校に通った、いわゆる幼馴染。
口げんかの発端は些細なことで、私の着ていたジャージの色について私はグレージュだと言い張り、彼女はカーキだと譲らなかったことだったと思う。
今思い出してもくだらない理由で言い合いしたものだけど、長時間言い争えるほどの深い内容でもなかっので口論はすぐに終わることになったと記憶している。
結果、何色だということで両者が納得したのかは全く覚えていないけど。
その時、なんで同じものを見ているのに見えている色が違うのか困惑した記憶がある。
あとから調べてみると、色覚は人それぞれ違うということを知ってびっくりした。
と同時に、『なーんだ、なるほどな』とも思った。
この小さな事件は、私とほとんど同じだと思っていた彼女は、自分とは全然違う生き物だと知るいいきっかけとなった気がする。その後、たくさんの人と出会って(さすがに口論はしないまでも)似たような学びを経験した。
大人になってずいぶん経つので、ある程度場数も踏んだし(お酒が入ってなければ)そういうちょっとした認識の違いとか違和感的なものに過剰に反応することはなくなって、自分の見てる世界以外の景色を見ている人の方が多いのがむしろ当たり前ってわかるようにはなったし、むしろそういう違いは面白いと思えるようになった。
自分とその人の間になぜそういった違いが生まれるのか、話してみると相手や自分のアイデンティティにつながるものを発見できたりすることもある。
私がほの暗い青い印象の絵だと思ったものを、明るいビタミンカラーの印象を持つ絵だと思う人がいたり。
友人と同じ映画を観て感動した!とお互い盛り上がったのに、感動したポイントは全然違ったり。
(同時に、同じ映画を観て全く感動していなかった者だっていた)
同じ音楽を聴いて私は幸せな気持ちになったのに相手は切なくなったり。
皆それぞれの五感+@(経験とか、記憶とか感情とか諸々のこと)を駆使して世界を生き抜いているわけで、
同じ場所にいたとしてもその人によって受け取っている情報は全く違うのだろうから、
別にどれが正しいとか間違っている話ではなく、それはもう一人一人が全く違う宇宙の中心にいるみたい。
そういう当たり前の事実にふと気付いたのだ。
『私が生きてる宇宙って私だけのために存在する、ほかの誰も見たことない宇宙』なんやなってこと。
ひとりひとりが自分の宇宙に生きてるって、面白くない?
そして数えきれないくらいのそれが並行して存在している、平行宇宙。
私たちはそれぞれの宇宙で、時には『え、これ私のとめっちゃ似てる』と親近感を感じたり、あまりにも環境が違い過ぎるゆえ『なにこれ、全然意味わからん』と交わることを拒否したり、『なんか全然違うけど相性いいんちゃう』なんて仲良くなったり、大体平和でときどきピリリと刺激が入ったり、(加えて、それぞれの世界で起こる唯一無二の経験と記憶を都合よく改ざんしてさらなるオリジナリティを持たせたり)…そんな風に日々を暮らしているのではなかろうか。
約一年前に『月経カップネタ一本でブログを運営する!』とブログを始めたものの、今月より『やっぱりほかのトピックも追加しよっと』と路線変更することにした。
ついては、私の宇宙の暮らしぶりについてもマイペースに書いていこうと思う。
もしかしたら私の宇宙で起こる日々の出来事は、あなたにとって見たことのない面白いものであるかも…しれない。
それでは、今日も良い一日を。


