6月に入って五島から長崎に移動してきたあと、真っ先に向かったのは池島でした。
池島では日本で唯一の坑内体験ツアーに参加できるほか、オプションコースに参加すると島内をガイドの方にウォーキングツアーで案内してもらえます。
こんな機会は中々ない!
ということで、今回は池島炭鉱体験ツアー第2部『池島まちあるきツアー』のお話です。
池島炭鉱体験ツアーに参加してきました!
長崎駅から池島へのアクセスについてもこちらにまとめています↓

今回のまちあるきコース
今回歩いたコースはこちら。
池島炭鉱さるく倶楽部→新店街通りバス停
神社下バス停(8階建て住宅跡前)→池島港
上記の区間はコミュニティバスを利用しました。
いずれも片道大人1名100円です。
当日のスケジュール
朝の8時過ぎに長崎駅を出発し、池島には11時ごろ到着。
お昼の1時までは、ランチや休憩もはさみつつ午前中開催の池島炭鉱体験ツアーに参加しました♪
- 13:00池島炭鉱体験(午前)が終了
一旦池島炭鉱さるく倶楽部へ戻り、お手洗い休憩に行ってきます。

- 13:30コミュニティバスで新店街通りバス停へ
ここからは徒歩で島内の主要なスポットを巡っていきます!
バスは『郷(ごう)』地区を横目に新店街通りへと進んでいきました。
『郷』地区は島内でかつて最も栄えていたエリアだったそうで、パチンコ屋やバー・スナック・焼き鳥屋さんなど、たくさんの施設があり常ににぎわっていたそう。
今では一軒もお店は残っておらず、木々の間に蔦の絡まる建物が見え隠れしているのが見えました。 - 13:40新店街通りバス停着
こちらからは、水道パイプ跡の奥に池島炭鉱第一竪坑櫓が見えます。

新店街通りには簡易郵便局があり、今日も営業していたのでびっくりしてしまいました。
そして郵便局横にある公衆電話でくつろぐ猫とバッチリ目が合いました。
かつてのボーリング場。もちろん営業していません、、

ガイドさんがこのボーリング場で出会った女性と初めてデートしたときの話をしてくれました。
『池島でデートすると人の目が多いので楽しめません。だから異性と出かける時は、長崎までそれぞれ移動して、そちらで待ち合わせしていたんです。』
なんだか微笑ましいですね。扉や窓、そして壁などボロボロになっている家屋も多く、家の中には蔦がはびこっていました。
中には家財道具が多く残されている家もあり、当時の生活感が荒れ果てた状態で残っています。
- 14:00独身寮跡
当時の独身寮では、狭いスペースに4人程度で済んでいたそう。
炭鉱は24時間のため、皆勤務時間が違います。
そのため、音や話し声などには気を使って生活していたそうです。
- 14:05第3棟炭鉱社宅
写真の右手はもう住んでいる人はいないものの、観光用に開放されている元鉱員社宅。
ガイドさんと一緒であれば中に入ることができます。
こちらは、海外でよくあるトラッシュシュート。
当時はゴミの分別が不要だったため、日本でも採用されていたそうです。
部屋から屋上へ!
通常の行員社宅にはお風呂の施設はついておらず、皆無料で使用できる公衆浴場を使っていたんだとか。
当時この建物に屋上はなかったそうですが、観光用に開放することが決まった際に追加されたとのこと。見晴らしがいいですね。

奥にある役職者用社宅には、各部屋にお風呂が付いているそう。
そのため、現在使用されている建物は当時の役職者用社宅なんだそうです。というか、すべて廃墟なのに二棟は実際にまだ人が住んでいる…というのは、とてもシュールに感じます。

昭和レトロ…
こちらの展示品、すべて当時のものがそのまま残っているとのこと。
夜勤明けの際は『安眠中』の旗を掲げて近所の人々に静かにするよう知らせていたとか。24時間稼働する炭鉱の町では、お互いの気遣いが重要だったんですね。

次は、学校前に向かいます。

- 14:25池島小中学校
こちらは現在も使われている池島小中学校。
生徒さんは数人だそうで、実際に使用されているのは学校の一部の教室だけだそう。
目の前の空き地にはかつて巨大なスーパーマーケットが立っていたそうです。
- 猫
最近までここに食堂があったそうで、猫たちの社交場になっていたそう。
今は数は減ったもののまだまだここを縄張りとしている猫たちが集っているようです。
- 14:408階建て住宅跡
高低差を利用して作られた住宅で、こちら(高台)からは5階にアクセスできるように設計されています。

エレベーターが付いていないため、上層階の住人たちが苦労しないようにこのように設計されたんだとか。
- 14:45第二竪坑入り口
第二竪坑へはこちらの急な階段を下って出勤していたそう。
こちらがその入り口で『ご安全に』と書かれた看板が立っています。
炭鉱から帰ってきた人へは『ご苦労さん』の文字が。

- 15:00第二竪坑
階段を上り下りせずに第二竪坑に行く方法は、正規ルートの海沿いの道を通ること。海沿いを道なりに下っていくと、第二竪坑に到着です。

第二竪坑はかなり朽ちており、中に入るのは危険なために立ち入り禁止となっているそう。
建物の外から、同時に150人も入浴できる大浴場を見学しました。
慈海の女神像は、蟇島付近に広がる海底炭鉱を見つめているんですって。
- 15:15蟇島

池島炭鉱がこれほどまでに発展できたのは、蟇島が素晴らしい位置にあったおかげだったそうです。
蟇島には海底炭鉱に送り込む空気を確保するために吸排気用の竪坑が造られていました。
そのため遠くまで掘り進めることが可能だったそうです。 - 15:208階建住宅跡
こちらは8階建住宅跡を表から見た様子。
こちらから見ると、ちゃんと8階建てですね。手前の灰色の建物はまだ渡り廊下が残っていますが、奥のベージュの建物の渡り廊下は老朽化によって落ちてしまったそうです。
ガイドさんいわく『建設会社が違ったため使用された素材が違ったので、建物の耐久性も変わってきたのだろう』とのこと。
しかしこちらの建物も着実にに老朽化が進んでいるそうです。

- 15:30コミュニティバスで池島港へ
あまりにも人の気配がないのでちょっぴり不安になってしまいますが、コミュニティバスが運行してるってことはどこかに人がいるんですよね。

港に近いエリアでは対向車があったりと『他にも人がいる!』という安心感がありました。
池島港から見た第一竪坑の様子。

池島という名前は、龍神の伝説を持つ大きな池『鏡ヶ池(かがみがいけ)』から名づけられたそう。
目の前に広がる池島港がその鏡ヶ池。
もともとは池だったところを海とつなげることによって港として整備したのが池島港なのだそうで、今は港として活躍しているとのことです。
- 15:47れぴーど2(高速船)にて神ノ浦港へ
往路はフェリーだったので26分かかった道が、高速船だとたったの10分!

- 15:57神ノ浦港
無事、時間通り神ノ浦港に帰ってくることができました。
その足で最後の目的地『大野教会』へ向かいます!
まとめ
池島には炭鉱開発前は小さな漁村集落しかなかったそうですが、炭鉱の操業開始とともに飛躍的に発展し、インフラが次々と整ったうえ島の人口も最大時には7,776人にまで増加したそう。
今回オプションツアーの街歩きガイドをしてくださった方は、池島出身の方でした。
自分の島が最も発展していた時代から人口約100名の静かな島に変化していく様子を、日々の暮らしを送りながらどのように見ていたのかと考えてしまいます。

今回のツアーでとっても良かったところは2人のガイドさんが実際に炭鉱で働いていた方々だったため、当時実際に起こったことや思い出話を時折挟んでお話してくださったこと。
今は朽ちた池島の街並みや炭鉱が、当時はどんな様子だったのか鮮明に思い描くことができ、とても貴重な体験ができました。
ゆくゆくは池島も端島(軍艦島)のように立ち入り禁止となってしまう日が来るかもしれません。
是非とも機会があれば池島を訪れてみることをお勧めします。
実はこの後、神ノ浦港から徒歩で大野教会に向かうのですが…その様子は次回に続きます!
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
素敵な1日をお少しください♪
参照:
池島炭鉱体験 | 長崎さるく「ながさき」を歩こう!長崎のまち歩き観光 (nagasaki-visit.or.jp)
*本ブログの内容は、2023年6月時点のものです。最新の情報は、各ウェブサイト等をご確認ください*



